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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)971号 判決

控訴人 出竿秀一

右訴訟代理人弁護士 山村治郎吉

同 白石満平

被控訴人 株式会社南都銀行

右代表者代表取締役 亀田源治郎

〈ほか一名〉

右被控訴人両名訴訟代理人弁護士 網野秩紀

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人……以下原告という……は、「原判決を取り消す。被控訴人……以下被告という……らは、原告に対し各自金三〇〇万円及びこれに対する昭和三八年九月二四日より完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被告らの負担とする。」との判決を求め、被告らは、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠関係は、次のものを付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。

(原告の主張)

1、大槻信蔵は、不動産売買の仲介人であり、原告は、同人に包括的な代理権を与えたことはない。原告は、同人を使者として被告の寺田支店へ預金払戻請求書を持参させて現金を受取らせたことはあるが、こんなことがあるからといって、原告が同人を代理人として預金の払戻を請求し、受領する権限を与えたものではない。従って、大槻は、民法一一〇条にいう代理人ではないから表見代理の問題ではない。

2、仮に、大槻が右にいう代理人であるとしても、原告が被告奥野に依頼したのは、訴外東勝美に金三〇〇万円を支払うことであり、そのため原告は、預金払戻請求書と預金通帳を交付したのであるが、同被告が大槻に右預金通帳を返還したのは預託契約の違反であり、又その後大槻が勝手に前記のように東勝美に支払ってくれと依頼したのを解除すると申出て、同人に三〇〇万円を支払ったのは、原告の指示なくして行われたものであり、金額も多額であるから、被告の奥野としては原告に対し電話による照会等適当な調査により原告の意向を知るべきであったのにこれを行わなかったのは、善良な管理者の注意義務に違反し、当然なすべき注意を怠ったものであるから、大槻が代理権を有すると信ずるに正当な事由ありとなすことはできない。

3、被告奥野が右のように原告の指示なくして、大槻に三〇〇万円を支払ったことは原告の委託契約に反する債務不履行であり、又不法行為である。

(被告らの主張)

1、被告奥野が昭和三八年九月二〇日、原告から預っていた預金通帳を大槻に返却したのは、同年八月一〇日原告方でその旨原告に指示されたものである。

2、被告奥野に受任義務違反はない。

3、民法七一五条は、被用者のなした取引行為がその行為の外形から見て使用者の事業の範囲内に属するものと認められる場合においても、それが被用者の職務権限内において適法に行われたものでなく、かつ相手方が右の事情を知り又は重大な過失によりその事情を知らずに当該取引をしたと認められるときは使用者に責任はない(最高裁昭和三九年(オ)第一、一三〇号事件判決理由)、と解すべきところ、被告奥野の本件行為は、職務権限外の行為であり、被告銀行は、これを全く知らないものであるから被告銀行にその責任はない。又原告がこれが被告奥野の職務権限外であることを知らなかったとしたら、それは原告の重大な過失によるものであるから使用者に責任はない。

4、大槻は、原告の単なる使者として行動したものではなく、原告が代表者であった木材組合が改組された京都木材産業株式会社は、原告とともに当初から取締役に就任している。

(当審で追加された証拠)≪省略≫

理由

1、本件に対する当裁判所の事実認定(当事者間に争のない事実を含む。)と判断は、原判決掲記の証拠に、当審証人東勝美の証言、被告本人奥野正典の供述を加えて行った、原判決による原審の事実認定、判断と同様であるから原判決の理由全部をここに引用し、次の説明を付加する。従って、この認定に反する原審並びに当審における原告本人の供述の一部は措信しない。尚原判決八枚目表一一行目の「履」の次に「行」を挿入する。

2、≪証拠省略≫によれば、原告は、昭和三八年七月頃同志とともに京都府久世郡城陽町において材木団地を造成する計画をたて、約二万坪の用地を買収すべく現地に赴き、町長の斡旋で城陽町の東勝美を知ったこと、東勝美は、農業の傍ら土地の周旋を行い、原告の求める土地の買付に当ったこと、原告は、又当時京都市北区上加茂南大路町に住んでいた土地の周旋屋大槻信蔵に買主即ち原告側の周旋人としてこの土地買付の交渉に当らせたこと、このため原告は、同年八月一九日京都中央信用金庫三条支店において大槻が連れて来た被告銀行寺田支店長代理川井和孝に一、〇〇〇万円を渡し、京都市中京区二条駅前木材組合代表出竿秀一名義で被告銀行寺田支店の通知預金としたこと、その後原告は、大槻とともに同年八月一二日に右一、〇〇〇万円のうちの五〇〇万円とそれまでの利息一万五、九六〇円を同じ名義で普通預金口座を作ってその預金とし、又同年九月一〇日、三〇〇万円とそれまでの利息九、六四三円を普通預金に振替えたこと、この振替の時はいづれも原告が大槻とともに寺田支店に来てその手続を行ったこと、原告は、この普通預金のうちから合計五〇〇万円(原告は、一回に二〇〇万円で他の一回は三〇〇万円であるといい乙二号証の昭和三八年八月一二日の欄は三〇〇万円となっている。但し証人東勝美は、いづれも二〇〇万円であるといっている。)を用地買収の手付として東に渡したこと、この時も原告は、東をして被告銀行に原告名義の普通預金払戻請求書を提出させて預金をおろさせたこと、同年九月一〇日原告は、大槻の提案で手付金三〇〇万円を東に渡すため同人とともに寺田支店に至り、前記のごとく三〇〇万九、六四三円を普通預金に振替えるとともに被告奥野に普通預金通帳と原告の届出印のある普通預金払戻請求書を渡しこれにより金三〇〇万円を東勝美に渡してくれと依頼したこと、被告奥野はこれを承諾し、その証拠として名刺に払戻請求書を預った趣旨のことを書いて原告に渡したこと、原告は、この三〇〇万円も用地買付の手付として東に渡すつもりであったが、当時そのことを東に通知した形跡がないこと、東は、このことの連絡を受けず、又当時身体を害し入院していたため、原告より三〇〇万円が準備されていることを知らなかったこと、同年九月二〇日、大槻は、原告の依頼を受け、通知預金証書を持参し、残りの二〇〇万円と利息一、三三〇円を普通預金に振替え又原告の届出印のある普通預金払戻請求書を以て、この普通預金のうちから一一〇万円をおろして受取ったこと、これは原告が同人に対する報酬として与えたものであること、この時大槻は、さきに原告とともに寺田支店に来て東勝美に三〇〇万円を支払ってくれと依頼したとき被告奥野に預けていた預金通帳を持帰り、その三日後この預金通帳を持参し、被告奥野に対し「東が入院しているため土地代の支払がおくれ、売主の方で早く払ってくれねば契約を解除するようなことをいうて来ている。それでは困るので私が東に代って払うから三〇〇万円をおろして、私名義の通帳をこしらえそれに振替えてくれ。これにより支払を明らかにする。私が責任をもつ。」という趣旨のことを申出たため、被告奥野は、その言を信じ、さきに東に支払ってくれと依頼されていた三〇〇万円の払戻手続をして、大槻信蔵名義の普通預金口座を作ってこれに振替えたこと、大槻は、これにより同日一三〇万円をおろしたのを手始めに順次大部分をおろしてしまったこと、原告は、このことを知らず約二年後東に三〇〇万円が渡っていないことを知ったこと、原告が計画していた木材組合は、昭和三八年九月一九日京都木材産業株式会社として発足し、原告と大槻は、取締役としてこれに参加したこと、原告が寺田支店へ来るときは大槻と行動を共にし、発言はむしろ同人の方が多かったこと、同人の年令は約七〇才であったこと、原告は、昭和三八年一〇月二八日普通預金通帳の返還を受けたが、それには九月二三日の三〇〇万円は大槻に渡したと鉛筆書がしてあったが、原告は、これを注意してみていないこと、の各事実を認めることができる。

これらの各事実によると、大槻は、原告が自ら用いた周旋人で原告側の人物であり、被告銀行寺田支店との取引に当っては、原告と密接に行動を共にし、原告が前記のように通知預金の二〇〇万円を普通預金に振替えた時や、一一〇万円の預金を払戻した時等は、単なる使者としてではなく、受領の代理人として代理権を与えられていたものと認めるのを相当とする。又東勝美と異り、大槻は城陽町の人間ではなく京都市内の人物であったから、原告は、同人を単なる仲介人としてではなく、代理人として用地買入れの周旋に当らせていたとみることができるので、原告と大槻間には基本となる代理権があり、本件の場合は、大槻がその代理権の範囲をこえて権限外の行為をしたのであるが、被告奥野が同人に代理権ありと信ずるにつき民法一一〇条にいう正当の理由ありしものというのを相当とする。

されば、被告銀行の使用人たる被告奥野が大槻に対してなした弁済は有効であり、原告と大槻間でその決済がついていないとしても、その責任を被告らに転嫁するのは妥当でなく、原告の本訴請求は理由がなく、原判決は相当であり、原告の本件控訴は理由がない。

よって、これを棄却し、控訴費用の負担につき、民訴法八九条九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡野幸之助 裁判官 宮本勝美 菊地博)

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